一生背負う大罪

お題「わたしの宝物」

 

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ハンガリーの国立名窯「ヘレンド」。特徴あるシノワズリシリーズは人気ですが、その中でも手描き難易度最上級とされるキュバッシュ(CU)。渦巻文様が特徴的で、マイセンのヘロルトが1700年代に発案したシノワズリ文様をヘレンドが約100年後に独自のタッチで再現したものです。そのマイセンの元になったのが、フィッシャー。フィッシャーの地紋のように見える手描きの渦巻文様が、ヘレンドと出会って、エレガントなシノワズリとして洗練されたものとなって完成されました。フィッシャー時代の、模様が整いすぎない、手描きであることを確かに見せてくれる一つ一つ描かれた渦巻。制作時間と手間を思うと、気が遠くなるような繊細さに、それが200年ほど経って、私の手元に来たことに、ただただ感動。陶磁器は専門ではないけれども、その模様の繊細さ、数百年前の熟練職人の素晴らしい手描きの線に「時」を感じ、人類の宝を預かった気持ちでした。私は、少しの間この宝をお預かりして、また次のどなたかが、さらに次の方へと伝えていくのです。


マイセンの18世紀のアンティークやセーブルの方が、確かにはるかに高価ですが、それは、そういうもののマーケットが確立しているため。先人の「手」を確かに感じられるこの作品の方が、より貴重に感じました。

クリスティーズのオークションで購入した、高かったアンティークのマイセンよりも、私にとってはとって、はるかに貴重なもので、ショーケースの一番上に飾っていました。

 

その頃は、補助金事業との関係で、もう一つ広いアパルトマンを借り、さらに事務所も借りていたため、このアパルトマンを日本人に短期貸することに。フリーペーパーにアノンスを掲載したら、偶然同じ大学の女子学生、つまり後輩がコンタクトしてきました。同窓生なら、何かと安心できるので、彼女に貸すことを決定。連絡を取り合い、パリに来た彼女に鍵を渡し、彼女のパリ滞在が始まりました。同窓生ということで信頼していたのですが、時々「?」と思うことはありました。数日が過ぎたある朝、彼女から電話がかかってきました。?? 動転しているみたいで、何を言っているのかすぐにはわからない。何回か繰り返し聞いて、だんだんわかってきました。

夜、酔っ払って帰ってきて、ショーケースにぶつかり、陶磁器を割ってしまったというのです。一応、手前の方に、万が一割れてしまってもよいような、真贋不確かなものを置いてました。クリスティーズサザビーズなどしっかりした出所のものは奥の方。

何が割れたのかはわからないので、とりあえずケガがないことを確認して、アパルトマンに向かいます。到着すると、若干青ざめた感じの彼女。日焼け肌なのでよくわかりませんが、雰囲気的に青ざめている感じなのは伝わってきます。

「本当に申し訳ありません。。。😰

酔っ払って帰ってきて、フラフラしてて。。😰

 

小さい声でそう謝罪と釈明する彼女の体がどいて見えたのは…。。!
おびただしい量の割れた陶磁器達‼️‼️😱😱

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‼️あまりのことに声が出ない😰😰

クリスティーズのオークションで買った18世紀のセーブルやマイセン、ハンガリーで買った大量のヘレンド達、eBay で買った怪しいマイセンアンティーク、ヘレンドのヴィンテージ品...全てが割れてしまっていました。金継ぎで直せないであろうほど多くの破片に粉々になっているものも。人間、ショックが大きすぎると、何も言葉は出てこないものです。

彼女が何か言ってるけど、聞こえない。

私が愛するアンティーク達。私は、それらをほんの一時お預かりしているに過ぎない。二度と「作る」ことはできないのが、アンティーク。今、1ミリも変わらないものを作っても、それは「アンティーク」ではない。ここにある大半は、割れてしまっても、まだ許せるアンティークのコピー品。だけれども、「本物の」貴重なアンティークも数点ある。それらも見事に割れてしまっていた。「アンティーク」に従事する者」として、なんてことをしてしまったのだろう?形あるものはいつか失くなる。それは事実。けれども、その時を早めてしまったのは、私。その事実が、私を苦しめる。心臓が痛くなるぐらい。

もう、アンティークを扱う「資格」がないかもしれない。頭がグルグルして、ちっとも考えることができない。彼女がパクパクと口を動かして何か言っている。

「……クレジットカードに保険がついてるので、…。」

保険?それが何になると?現代のものなら、その対価をもらい、書い直せばいいかもしれない。でも、アンティークは、書い直せない。作り直せない。私達の祖先が心を込めて作ったものを、壊してしまった。破壊してしまった。アンティークを専門にし、その価値がわかっているのに、正しい扱い方をしなかった。これは、罪だ。大罪だ。この思いは、時間が経つにつれ心に鉛のように重くのしかかり、剣のように鋭く心を刺す。ショックで放心状態。

交通事故なども、事故のショックは、後から来るそうだ。同じ。一応は、彼女がケガしておらず、eBay で仕入れた「なんちゃって」アンティークは、まあ、いい。光景としてはショックだけど、eBayものは、怪しいものが多かったので、悲しさ半減。だけど、サザビーズやクリスティーズなどの「正しい」オークションで仕入れたもの、このヘレンドのオリジナルだけは、もうどうしようもない。私は、一時預かっているだけで、私の次の人にお渡しするべきものなのに、壊してしまった。製造することはできないアンティーク。壊してしまったら、もうそれまで。こんな罪を犯してしまった私に、アンティークを扱う資格はあるのだろうか?その夜は、なかなか寝付けなかった。

それから20年ぐらいたった今でも、この時の記憶は、全く薄れない。私の罪は消えないし、償えるのか、償えているのかどうかも、よくわからない。